2015年8月31日月曜日

長い長い道のり!ヨルダンから松江への帰路

ヨルダン・リバー・ホテルをチェックアウトして、ゴールドスーク裏まで歩き、ムジャンマ・シャマーリー(北バスターミナル)へ行くセルビスを探しました。スーツケースを持った外国人をセルビスは嫌がりますが、2人分(0.8JD)払うということで決着がつきました。スーツケースを座席に乗せて2席占有できるのかと思いきや、スーツケースは後ろのトランクに入れられて、通常通り客を乗せていました。これもまたヨルダン特有のぼったくりの一種だと思います。

北バスターミナルからは大型の黄色バスでクイーン・アリア空港へ向かいました。0.3JDでした。クイーン・アリア空港には早く着きすぎてしまいました。1階にあるヨルダン銀行で両替したのですが、ここで最後の最後にまたぼったくられました。35JDとコインが手元に残っていたのですが、コインは受け取らないため35JDをUSDに両替しました。




計算書を見ると0.92JDの端数が出ているのですが、これがまるまるコミッションとして没収されてしまったのです。そもそもなぜ49USDをくれないのかがわかりません。おそらくこの銀行では1USD+端数がコミッションというロジックなのかなと思われます。ヨルダンで最後の最後にもぼったくられました。しかも、渡されたのがアメリカ以外の国では受け取ってもらえないようなすり切れたぼろぼろのドル札でした。



ヨルダン・ディナール(JD)は持って帰っても再両替が難しいので、ここで両替しておくしかありません。ドーハの空港でカタール・リヤルに替えることができれば、それをバンコクなどで両替して使うこともできますが、カタール・リヤルに替えるときのレートやコミッションをチェックしてなかったので無理は止めようと思いました。

出国審査では入国のスタンプが見つからないと言われて多少もめました。よくよく探せば見つかるのに、私のパスポートはスタンプでいっぱいなので見つけるのがたいへんなのです。パスポートを投げ返されたので、自分で入国のスタンプを探し出し、それを提示して出国することができました。

その後楽しみにしていたのはラウンジの利用です。この旅で私はアルコールを一滴も飲んでいません。缶ビールがホテルなどでは1,000円近い値段で売られていましたが、そんなに払ってまで飲もうとは思いませんでした。

最初に行ったのはロイヤル・ヨルダン航空のCROWN LOUNGEです。ワンワールド・サファイアの資格で入りましたが、プライオリティパスでも入室可能です。ここは食べ物はしょぼかったのですが、お目当ての飲み物があって幸せでした。ただ、ヨルダンはイスラームの国なので、アルコール類はラウンジの中でも人目につきにくい場所に置かれています。






 
次に、プライオリティパスでも入室できるPetra Loungeにも行ってみました。ここはCROWN LOUNGEよりもはるかに優れたラウンジだったと思います。これだけ豪華なラウンジはこれまで使ったことがありません。何よりもCROWN LOUNGEでだめだった食べ物が、いちばん奥のダイニングルームにあったのです。CROWN LOUNGEでお目当ての飲み物を飲んだら、さっさとここに移ってくればよかったと思いました。

ただ、このラウンジの入室のときに、私のフライトが見つからないとさんざん(5分くらい)探していました。どうやら搭乗券に書かれている搭乗時間を出発時間と勘違いしていたようなのです。親切なおねえさんでしたが、少しはプロ意識を持って仕事をして下さいと心の中で思いました。





カタール航空のアンマン-ヨルダン間の機内食はたいしたことがありませんでしたが、再びお目当ての飲み物が飲めてよかったです。


ドーハの空港で乞食用ラウンジに行ったら韓国サラダという比較的おいしそうな食べ物があったので食べてみたのですが、ハムが吐きそうになるほどまずくて食べられたものではありませんでした。




ドーハ-関西空港間の食事もたいしたことはなかったですが、もうお腹がいっぱいだったのでどうでもよかったです。なかなか寝られなかったので、「神様はバリにいる」と「ST赤と白の捜査ファイル」という映画をみました。どちらもおもしろかったです。


関西空港では久しぶりに税関で荷物を調べられました。ヨルダンという国に想像力が働かないので、中身が気になったようです。何かが疑わしいというわけではないのに、税関職員の無知による個人的な興味で荷物を開けて調べるなんてどうなのかと思いました。荷物を調べている間「ヨルダンには何があるんですか?」「遺跡でもあるんですか?」とアホな質問をしてくるので、こういうのがありますよと「地球の歩き方」の表紙にあるペトラ遺跡を指さしてあげました。最後はせめて「ご協力ありがとうございました」の一言くらいあって当然だと思うのですが、何も言葉はありませんでした。なぜその一言が言えないのでしょうか?スーツケースのふたも開けっ放しで閉めてくれませんでした。関西空港の税関職員は勉強不足で頭が悪いばかりでなく、礼儀も知らない最低・最悪な人間だと思いました。関西空港の税関は職員にどういう教育をしてるんでしょうね?ちなみに、スーツケースが二重底になっていないかだけを念入りにチェックしていましたが、そんなやり方で麻薬を持ち込むのは素人だと思います。

関西空港から三宮まで1,130円の「神戸アクセスきっぷ」を使ってみたのですが、2時間くらい時間がかかって、さすがにちょっと遠いなと思いました。三宮にある神戸三宮R2ホステルというカプセルホテルのようなゲストハウスで一泊してから翌朝のスカイマークのフライトで米子へ飛んで、今回の旅は終わりました。このゲストハウスはとても居心地がよかったので、私のような貧乏旅行者にお勧めです。


アンマンの北にあるジェラシュ遺跡へ行ってみた

アンマンの北50kmにあるジェラシュ遺跡へ行ってみました。この遺跡に行くにはムジャンマ・シャマーリー(北バスターミナル)からバスに乗って行く必要があります。空港バスもここが始発なので、そこへ行くのは予行演習にもなります。

アンマンのダウンタウンにあるゴールドスーク裏からムジャンマ・シャマーリー行きのセルビスが頻発しています。運賃は0.4JDです。ジャンマ・シャマーリーからジェラシュ遺跡に行くバスは簡単に見つかり、しかも頻発しており待ち時間はほとんどありませんでした。運賃は0.85JDです。





ただ、のんびりバスに乗っていると乗り過ごす危険があるので注意して下さい。「地球の歩き方」には「アンマンからバスでジェラシュに来ると、ハドリアン・ゲートの付近で下車することになる」とさらりと書かれていますが、ここで降りないと戻るのがたいへんです。私はすっかり乗り過ごしそうになっていたのですが、周囲の親切な人がバスを止めてくれました。

ジェラシュ遺跡の入場料は8JDと高かったですが、50JDのペトラ遺跡に比べれば安く、適正価格だと思いました。この遺跡の中には日陰はほとんどなく、夏は容赦なく太陽の光が降り注いで来ます。水を十分に持っていないと歩けません。日傘もあった方がいいというレベルです。

ジェラシュ遺跡の見所を写真で紹介します。切符売り場やお土産屋が建ち並ぶ遺跡の入口です。


「競馬・戦車競技場」です。


ハドリアン・ゲート(凱旋門)です。


南門です。ここでチケットのチェックがあります。


フォルムです。


 ゼウス神殿です。


 南劇場です。


アルテミス神殿です。


大聖堂です。


ニンファエウムです。


アンマン行きの帰りのバス乗り場は「地球の歩き方」に書かれていますが、目印となる近くのガソリンスタンドはなくなっていました。バスに乗るときはムジャンマ・シャマーリーに行くか必ず確認しましょう。アンマンのどこで下ろされるかわかりませんから。

ムジャンマ・シャマーリーからアンマンのダウンタウンへ行くセルビスは簡単に見つかります。タクシーに乗る必要はないでしょう。セルビスに乗っていたら、車を警察官に止められて、乗員全員のIDをチェックされました。誰も驚いていなかったので日常的に行われているようです。パスポートを持っていてよかったです。

2015年8月30日日曜日

ぼったくりは一切なし!安くて美味しいアンマンのハーシェム・レストラン

ヨルダンではあちこちでぼったくられて本当に気分の悪い旅行になりました。いちばんショックだったのはワディ・ムーサの路上で買ったトマトかもしれません。

ペトラ遺跡に昼食に持って行く食べ物をワディ・ムーサの街で買おうとしたのですが、とにかく物価が高いので困っていました。路上にトラックが止まっていて、荷台にトマトをたくさん積んでいました。1JD(約177円)を出せば、その分だけトマトをもらえるだろうと思ってやってみたら、なんと6個しかもらえなかったのです。これがペトラの相場なのかなあと思っていたのですが、ネットで日本人旅行者のブログを読んでいたら、ワディ・ムーサの街の全く同じ場所のトラックで、1JDで袋一杯のトマトを買った記事があって、やっぱり騙されていたのかと日本に帰国してから知りました。

こういう状況は私の経験では騙されるシチュエーションではなく、どこの国でもたいていいちばんきれいなトマトを選んでたくさん袋に詰めてくれました。それなのに、ここヨルダンでは非常に質の悪いトマトを6個渡されて、あまりにひどいと思ったので、その場で交換を要求したほどでした。ヨルダン人のぼったくり体質には本当にがっかりさせられました。

円安ということもあってヨルダンの物価が高く、しかもぼったくられるのが嫌で、一度もレストランには入らなかったのですが、帰国前に一度くらいヨルダン料理をレストランで食べておこうと思って、アンマンでは超有名店らしいハーシェム・レストランに行ってきました。ここは「地球の歩き方」には「1953年創業の安くてうまい超有名店」と書かれています。




このお店におそるおそる入ってみたのですが、メニューはないようだったので指さしなどで注文してみました。おそらくですが、ホンモスの基本セット(シャイを含む)が1.5JDだろうと思います。それに加えて、ファラフェルを注文すると+0.5JD、コカコーラなど缶ドリンク+0.5JD、フライドポテト+0.5JDとなっているようでした。食べ終わったらレジに行って何を食べたか申告すると、いくらか教えてくれます。英語はほぼ通じないので、スマホで料理の写真を撮ってレジのおじさんに見せていました。

ヨルダンではどこへ行ってもぼったくられますが、ここは明瞭会計(というか自己申告)で安心して食べられました。しかも、物価の高いヨルダンのレストランにしては激安で味もよいので、いつもお客さんでいっぱいです。ホンモスがものすごくおいしかったです。

伝説のサーメルさんが帰ってきた?ヨルダン・リバー・ホテルへようこそ

ヨルダンを旅行したことのある日本人には知らない人はいないと言われるサーメルさん。私は会ったことはありませんが、ヨルダンを旅行した日本人バックパッカーの旅行記にはたいてい出てきますね。

ペトラから戻ってきて私が泊まったヨルダン・リバー・ホテルにも一時期サーメルさんが働いていたそうです。私はそういう歴史を何も知らなかったのですが、agodaの評価がものすごく高く、貯まっていたagodaのキャッシュバックも消化できて、シャワー付シングルが35USDとお手頃な値段で、クレジットカード決済ができるという理由で、日本で予約していたアンマン・パシャ・ホテルをキャンセルしてこちらに2泊しました。



このホテルはビルの3階にあり、ハニーというマネージャーとモロッコ人のお手伝いさんが切り盛りしています。このハニーが本当にいい人で、おそらくサーメルさんはこういう人だったのだろうなと思ってしまうほどなのです。ハニーはサーメルさんのような日本人びいきというわけではないですが、何か困っていることがあったらなんでも言って欲しいと言ってくれる親切で優しい人です。サーメル2号と勝手に命名させてもらいました。

ただ、中東ではありがちですが、言葉は優しいけれども、やることはいいかげんというのが玉に瑕だなと思いました。私はagodaでシャワー付シングルを予約していたのに、案内された部屋にはシャワーがないのです。シャワーやトイレを使うにはいったん廊下に出なければなりません。予約とは違うので猛烈に抗議したところ、「わかった、わかった、1泊につき2JD返金するから」というので、それを受け入れました。

なんでこんなことになっているのか聞いたところ、「agodaが勝手にやったことで、なぜこうなっているのかわからない、すべてはagodaが悪い」と見え透いた嘘をつくのです。後でシャワー付きとシャワーなしの部屋代の差額をBooking.comで調べたところ、1泊につき4~5JDくらい違うのに、2JDしか戻してくれなかったことがわかりました。

このホテルの共用シャワーからは熱いお湯が出ていましたが、トイレはいったん流すとタンクに水が貯まるのに10分くらいかかる非常に困ったものでした。ヨルダンの水回りは基本的にどこもよくないです。それでも、モロッコ人のお手伝いさんがよく働いているので、宿全体に清潔感があると思いました。

このホテルは朝食付きで、朝7:30から11:30までの好きな時間に取れることになっていました。7:30でも遅いと思うのですが、モロッコ人のお手伝いさんがとてものんびりしていて8:30くらいにならないと始まらないような状況でした。朝食自体はアンマン・パシャ・ホテルほどではないですが、悪くはなかったと思います。




ハニーは部屋の件で迷惑をかけたので、3JDの朝食を特別に私に用意すると言ってくれていましたが、実際にそのような朝食が出てきたことは一度もなく、毎朝他の人と全く同じ朝食でした。

こういうわかりやすい嘘を軽々しく口にするところがハニーの欠点なのですが、これは決して悪気があって言っているわけではなく、その場で相手を喜ばせよう、安心させようとして言っているということはよくわかります。こういうのはイスラム諸国では非常によくあることですが、日本人的感覚では不誠実と言わざるをえないですね。

ハニーはバスで空港へ行くという私のフライトの時間を心配してくれました。過去にここに泊まっていた日本人女性がタクシーは高いのでバスで空港に行ったそうなのですが、飛行機に乗り遅れてこのホテルに戻って来たのだそうです。そして、700USDという高額の航空券を泣く泣く買い直していたのだとか。アンマン市内からバスで空港へ行くときは、どんなに遅くともフライト時間の5時間前には出た方がいいです。

いろいろトラブルはありましたが、再びアンマンに来ることがあったならば、このヨルダン・リバー・ホテルに泊まって、サーメル2号のハニーに再会したいと思っています。

2015年8月29日土曜日

ワディ・ラムツアーに参加した

バレンタイン・インで募集している1泊2日のワディ・ラムツアー(35JD)に参加したいと思いました。ワディ・ラムはこういうツアーで行った方が安上がりだからです。宿のマネジャーに尋ねたところ、このツアーは最低2人からと言われました。1人で行くなら70JD払わないといけないとのことでしたが、そこまで払うつもりはありません。

そういうわけでいっしょに行ってくれる人を探しました。バレンタイン・インの送迎車とペトラ遺跡でいっしょだった韓国人はすでにワディ・ラムへ行っていてだめ、ペトラ遺跡でいっしょだった日本人は後の日程が詰まっているから行く気なし、同じくペトラ遺跡で一部いっしょだった中国人2人はペトラで疲れたからしばらくバレンタイン・インで休むとのことでした。

この日はバレンタイン・インに泊まっている人が少なく、あとはフランス人の旅行者だけでした。いっしょに行きましょうと声をかけたのですが、考え中とのことでなかなか返事はもらえませんでした。もうあきらめようかなと思っていた夜遅くになって行くと言ってくれてありがたかったです。

翌朝早く宿に迎えのマイクロバスが来ました。すでに他の宿で何人かをピックアップしているようで、たくさんの人が乗っていました。運賃は1人7JDでしたが、おそらくこのうちの少なくとも2JDは外国人価格の上乗せだろうと思います。

このマイクロバスは、途中休憩のため10分ほど雑貨屋(下の写真)に立ち寄って、2時間くらいでワディ・ラムの入口に着きました。ワディ・ラムは5JDの入場料が必要なのですが、ツアーに参加すると言ったらここでは徴収されませんでした。ワディラムの入口付近には「7つの知恵の柱」という見所があるらしいのですが、それがあることにも気づきませんでした。


この後すぐにワディ・ラムの集落内にあるベドウィン・メディテーション・キャンプのベースに着きました。ここでなぜか30分くらい放置されました。


その後、このキャンプのオーナーらしき人が出てきて、アラビア語が話せるフランス人となにやら打ち合わせをしていました。その後言われたことは今から砂漠へ出かけるなら、本来行かないところにも行くので1人10JDの追加が必要ということでした。心の中ではふざけるなと思ったのですが、同行していたフランス人がすでに了承してしまったようです。

この人のおかげでツアーに参加できたという負い目もあって文句も言えなかったので、やむなく10JDを払うことにしました。20JD札を出すとお釣りは5JDでした。ワディ・ラムの入場料5JDがかかるからとのことです。確かにワディ・ラムの入口では払っていませんが、なんだかものすごい勢いでぼったくられているような気がしました。本来含まれていない昼食もつけるからということで丸め込まれてしまいました。

バレンタイン・インからワディ・ラムツアーに参加する人はこのようになってしまうことに注意して下さい。「ひびたび*ブログ」さんのところにも重要な情報があるので読んでおいた方がいいです。ぼったくり国家ヨルダンは常に油断がなりません。

さて、お金を払ったので早速4WD車で出発です。最初に行ったのは砂漠の中にあるベドウィン・メディテーション・キャンプです。そこで前夜から泊まっていたというドイツ人の若者2人をピックアップしました。車の中はとても狭くなってしまいました。ドライバーがドイツ人の2人にペットボトルの水を渡していました。

私にはないのかときいたら、お前は持っているだろうと言われました。確かに持っているのですが、これはツアー前に自分で買ったものです。なぜもらえないのだろうかと思いました。ドライバーが言うにはツアー料金には水は含まれていないらしいのですが、その後もフランス人、ドイツ人にはいつも親切にしてあげて、彼らには水もどんどんあげてるんですよね。私は完全に激おこでした。

この後、私とドライバーの仲はお互いに顔も見ないほど険悪になりましたが、私はこのような状況を心から喜んでいました。なぜならチップを払わなくてよくなるからです。チップは1円たりとも払わないから覚えていろよと心の中で思っていました。向こうも私からチップをもらえることはもはや期待していなかったでしょう。

さて、このツアーで巡ったところは、何がおもしろいのかよくわかりませんでした。初めて砂漠に来た人ならおもしろいのでしょうが、私には砂漠など特に珍しい景色ではなかったです。そして、夏のワディ・ラムはとにかく暑くて喉が渇いてつらかったです。このドライバーは一応ガイドらしいのですが、ガイドらしいことはほとんどせずにただ車の運転をして、その後は出発までいつも一人でくつろいでいました。

最初に訪れたのは砂漠の入口的なところです。ただの砂漠ですが、これが何か?と思ってしまいました。



次はワディ・ラムでいちばんの見所であるウンム・フルース石橋です。この橋には上ることができるのですが、今年6月にバンコクでねんざした足が完全ではないので上りませんでした。


遠くに小さく見える橋がジャバル・ブルダァ石橋というところのようです。ここは車を止めて見るだけでした。


次は峡谷です。車を降りてこの峡谷を歩いて渡るようにと言われました。ドライバーは反対側で待っているとのことです。特におもしろいものは何もなく、ただ疲れただけでした。


ロレンスの家です。


ロレンスの家のそばにあるアンフォーシの壁画です。


その後ようやく昼食になりました。左はワディ・ムーサからいっしょだったアラビア語が堪能なフランス人、右がドライバーです。お湯をわかしてお茶を作っています。このお茶はとても美味しかったのですが、バトル中だった私には最初はくれませんでした。後で一杯だけもらえました。


これが追加の10JDに含まれていた昼食です。


シーチキンの缶詰が入っていました。


お皿の上に並べてみましたが、美味しくない食べ物の詰め合わせです。


昼食後は大砂丘へ行きました。ここではドイツ人の若者二人がスノーボードのようなもので滑って遊んでいました。あまりに暑かったので、私とフランス人とドライバーは岩陰で休んでいました。



ロレンスの泉です。源泉は岩山の中腹にあるそうです。そこから水を引いてラクダの水飲み場が作られています。この水に手を入れたら水が沸騰しそうなほど熱くて驚きました。



ハザリ峡谷です。ここには壁画や文字が残っています。





最後に訪れたのがまたしても水の源泉で、緑の木が生えているあたりから出ているとのことです。


このツアーからベドウィン・メディテーション・キャンプに戻ってきて、フランス人、ドイツ人とどうでもいい話をしながら、食事ができるのを待っていたのですが、お茶は出てきたものの食事はなかなか始まりませんでした。







このキャンプでは太陽光発電が行われており、電気は使えるし冷蔵庫までありました。冷蔵庫の横には水のペットボトルが置かれていて、これは1本1JDらしいのですが、みんなでこっそり持ち出して飲んでいました。あれだけぼったくられたのだから、このくらいどうってことはないと思います。



この車はキャンプに水を運んできているトラックです。このキャンプのトイレは水洗だし、暖かいシャワーも使えるしで、設備的にはかなり充実していたと思います。


ツアー中もそうでしたが、このキャンプでも携帯電話の電波は入りませんでした。ところが、キャンプのオーナーらしき人が持っているガラケー(スマホではない旧型の携帯電話)だとつながるのです。そのため、そのオーナーはスマホとガラケーの2台持ちなのだとか。ガラケー恐るべしです。

日没の時間になったので外に出て砂漠に沈む夕日を見ていました。とてもきれいでした。


結局食事が出てきたのは夜9時半くらいでした。質素な食事でしたが、お腹がへっていたので、とても美味しかったです。食事を作ってくれた人はドライバーとは別の人で、いつの間にかドライバーは帰っていました。私たちのうち誰も彼にはチップをあげていないと思います。








食事の後はまた外に出て夜空を眺めていました。肉眼でも何千何万という数の星が見えていました。時々流れ星も見えていました。流れ星かなと思ったら飛行機だったこともありました。

私とフランス人はテントで寝たのですが、標高も高いし砂漠なので夜は寒いかもと思っていたのに、寝られないほど暑かったです。キャンプのオーナーらしき人も、こんなに暑い夏は初めてだと言っていました。結局暑さのせいで、この夜はあまり寝ることができませんでした。

夜が明けて朝食を食べてから、料理を作ってくれた人が運転する車の荷台に乗って、ワディ・ラムの集落にあるキャンプのベースに戻りました。そこにはすでにワディ・ムーサからマイクロバスが到着していました。このバスに折り返し乗ってワディ・ムーサに戻りました。ワディ・ムーサのバスターミナルに着くと、バレンタイン・インの送迎車が止まっていたので、それに乗ってバレンタイン・インに戻りました。その日は何もせずに宿でだらだらと過ごし、恒例の夕食バイキングを楽しみました。